嬬恋の家は・・

更新がかなり間が空いてしまいました。

その間、色々な事があったため・・・

嬬恋にも、今までのようにコンスタントにはいくことができなくなり

仕方ない事とは思いつつ・・・心はいつもあの嬬恋の思い出しています。

もう2度と、以前のような生活は戻らないことは、覚悟の上でしたが

やはり、色々な思いが心を揺さぶります。

 

この家を建てた事には、将来の自分達の生活が、ここを拠点になって言う事

そんな夢のような事が現実となった事が、、とても嬉しかった。

だから、コツコツその日に向けて、作り上げてきた・・・はずだけど。

その将来は消えた。

果たして、いつまでここを維持できるかはわからないが、少しでも長く

とは思っているが、維持をするのも大変。

あまり考えたくないが・・不安が募る。

終の棲家は・・・

11月の連休、終の棲家にお別れの為に、荷物整理に行った夫婦でした。

あまりに色々あったこの1年。最後に出した答えは・・・終の棲家の閉鎖!

でした。しかし、8年間積み上げてきたこの家・・・将来は2人で最期に日まで

過ごす予定で、少しずつ少しずつ、培ってきたもの。

それを今回見た時に、心はとてもとても揺れ動きました。

特に夫は・・・私以上に思い入れが強かったから、その気持ちは測りしれないものだったと思います。

また私の心の中ではなんとか このまま残せないかと・・・ずっとずっと思っていました。しかし、そのためには、現実的にお金と時間が必要となる事。それを思うと

なかなか自分の口からは言い出せなかった。

 

この先の私達夫婦の関係からしたら、それは叶わない事と考えていました。

 

でも、夫から・・・今暫く維持をしていこう。どこまでできるかわらないが・・・

そして、実際に維持するためのお金の事も含めて、具体的に夫から提案があがり

私は、迷わず頷きました。

私の心のどこかに やはり残したい思いが強かったから。

その為に、これからの生活は、かなり厳しい事になるのかもしれませんが

それでも、まだ、手放したくないと強く思いました。

どこまでできるか、本当にわかりませんが、この家が朽ちていくことは

見たくない。そう強く思いました。

 

この前の時点では、<閉鎖>がきまり、その事をお伝えしました。

でも、ごめんなさい・・・

もう少し、もう少しだけ・・・この家を守っていこうと思いました。

 

ある方から、コメントをいただき、本当に嬉しかった。

泣きそうになりました。

 

本当にこの先も事はわかりませんが・・・

もう少しだけ・・・このままで。

 

何を甘い事言っている?・・など色々ご意見もあるかもしれませんが

これが今の私達がだした答えです。

 

今までのように月1で来ることはできないかもしれませんが

できる限り・・・この家を守っていきます。

 

 

 

 

終の棲家は閉鎖します・・・

2017年に終の棲家として、嬬恋に家を持ちました。

あれから8年?

この先数年後には、夫が先に移住して・・私もそのあとに・・・そんな風に

未来図がありましたが、事は急展開となり、この嬬恋の家は閉鎖する事となりました。

夫婦関係にも終止符を打つこととなりました。

この40年間の事を振り返ると、色々な事がありました、喜怒哀楽本当に、色々な事が

ありましたが、根底に・・・恐怖があった事は変わらなかった。

相手に対する気持ちに中に恐怖があるという事がどんな事か、それは夫婦間にしかわからない?

その現実は、娘達にも大きな影響を及ぼしてしまった事が、申し訳なかった。

こんな父親だという事・・を。心に傷をつけたまま何十年と来た事。

本当にその事だけは、取り返しのつかない事だと思う。

 

11月最初の連休最後に日に、爆発した結果は・・・夫婦の終止符を打つことになった。

もう、これで終わりにした方がよいと、その時痛感した。

それまでは、この先最期まで、。ごまかしながらでも、このままをと願っていたが

逆に残りの人生をこの精神状態で生きる事に、疲れました。

だから、この結論を出しました。

色々まだ、今の時点ではもめてはいますが、それも、近いうちに最終日が来ると思う。

 

ということで、ここは本日で閉鎖となります。

長い間、お付き合いいただき、ありがとうございました。

私の中では、沢山の思い出ができた終の棲家でしたが・・・本心は、ここで静かに最期に時を迎えたかったが、それはもう、望めない。

夢見た北軽井沢で生活は・・・終わります。

今月末、自分の荷物の整理をして、それが最後となります。

この文章を書いていても涙が止まりません。

何で、こんな事になってしまったんだろう・・って心のどこまで思いつつ、もう戻れない事もわかっています。

 

ありがとう・・・終の棲家・・・

 

大好きな場所でした・・・

 

 

次から次へと起こる事・・

3月もあとわずかですが、今日は初夏のような気温。しかし花粉や黄砂の為、外に

 

洗濯物が干せないって何なんだろうって思いませんか。

 

何故こういうことになる?って、原因がわかっていながら、何もしてない?

 

そんな事は、このことに限らずですが、考えれば、対策って取れる事って

 

あるように思うことが、放置されていること自体、なんなのでしょうね。

 

さて、年末の骨折から始まり、まだ、普通に歩行ができない状況です。

 

足底筋膜炎が治まったかと思ったら、今度は右足足首が、負担が掛かっていたがため

 

でしょうか。捻挫したかのように痛む。あまりに痛みが酷いので、痛み止め

 

ロキソニンを使って、今は治まっていますが、こういう痛み止めって、あまり

 

長く飲むものではないからね。痛みが落ち着くとよいのですが・・

 

足に関して次から次へと起こる事にため息。

 

この先ちゃんと歩けるようになるんだろうか??

 

入院中から、涙腺が緩くて・・・ちょっとしたことで涙が・・・

 

そんな自分に驚くことも・・どうしちゃったんだろうか。

 

 

 

 

痛みから解放・・

3月も中旬・・・気候は冬?春? 日々変わっていますが、近所に沈丁花は咲き乱れ、

桜などかmなり膨らみ始めて居ます。季節は確実に進んでいますね。

 

さて、骨折した足の方は、順調も骨自体は回復を続言えています。

歩くこと自体は、やっと足底筋膜炎も少しだけ踵の痛みはありますが、それにより

歩けないことはなくなり、室内では杖もなしで歩けるようになりました。

ただまだ、外出時は杖が必要かな。先日もちょっと強風が吹いた際に、倒れそうに

なりました。普通ならあり得ない・・・ですよね。足元がふらつくなんて。

いかに両足で歩くことが、大事だって事。

足の浮腫みは、血種予防の靴下をはくことで、夕方丸太になっていた足も・・・

多少、軽減されています。今は、膝の曲げの角度がもう少し広がるといいのですが

これはなかなか思うようにいきませんね。

 

3月・・・春はまだ遠い?

先日は、春から初夏を思うよな気温上昇に驚かされたのですが

 

ここの所寒さが戻ってきました。もしかすると また、雪が降るかも?

 

そんな予報の中、休職状態の日々。今月末で完全解雇。40代に社会復帰して

 

もう20年以上に働き続け・・・まだ、もう少しと思っていた矢先の、この事態。

 

骨折が招いた、この事態に気持ちはやはり複雑。漸く両足ついて歩けるかと思いきや

 

足底筋膜炎。踵の激痛に泣いていましたが、ここ数日でかなり緩和されて、やっと

 

室内で靴を履かずに(足を締め付けなくても)歩けるようになりました。

 

何が効果あったかはわかりませんが、やはり、サポートとある程度の締め付け?

 

プラス湿布でしょうか。このまま、治まってくれれう事祈るばかりです。

 

歩く際も松葉づえから杖に代わりました。まだ、何もなしで外出するのは

 

不安があります。強風に身体が支えきれない?杖で踏ん張っている感じです。

 

骨折した膝の曲げも、まだ完璧でないから、しゃがむことがなかなか難しい。

 

今までは、普通にしゃがむ動作ってしていたけど、ホント、こんなに大変とは

 

思ってもみなかった。今もう1つの症状は、ふくらはぎの浮腫み。朝はいいが、夕方

 

から夜になると、まさに丸太を付けて歩いている感じになる。

 

リンパが滞っているとの事。参った・・・ね。足先が冷たいから、夜寝る時が

 

なかなか寝付けない。だから、湯たんぽなんかを使っています。

 

膝の骨折から始まって・・色々な事が変わり、できないことがまだまだ、ある。

 

骨折は、今もとに戻ろうと・・・頑張っている。レントゲンで見る限りも、変化

 

している。完全に治るのは半年先かな。その頃、就職先決まっているかな。

 

前回、大学を退職した時は、かなり気持ち焦っていたところもあったけど、今回は

 

足の事もあるので、ゆっくり進めようと思っている。じたばたしても、始まらないから

 

先月負荷100%になった日に、嬬恋入り・・その時は、足底筋膜炎にホント、大変

 

でしたが、次回行くときは、もう少し楽に歩けるようになっているかな。

 

今年は本当に雪少ないけど、丁度行っていたない時、降ったりもしているようですが

 

 

何が起こるか・・・

昨年末、左足膝を骨折による勤給入院。クリスマス、年末年始、そして節分迄病院で

過ごすことになった。入院生活60日は長かった。左足以外、健康などだから・・・

骨が回復するまでに負荷50%までが6週間。これが長く長く、その間に院内感染で

コロナ感染するは・・で、気持ちは落ち込むばかり。でも、隔離の7日間も、自主

リハビリに励みました。隔離解放後はリハビリも頑張り、負荷100%になる前に

退院許可を頂き、退院した。

しかし、まだその時点では松葉づえを使わなければならないから、家族の手助けが必要

それでの、できる事が極力するように、家事も・・・再開。

100%負荷がかけてもよくなったが、60日以上両足で歩いていない事は、実際歩き

出した時のぎこちない事。お守り代わりに松葉杖を借りて・・・嬬恋にやってきた。

杖でもよかったが、やはり松葉杖の方があ安定感がある。

室内は杖。外出は松葉づえかな。嬬恋では、運転もできた。運転は右足だから、問題

なし。ただ、足底筋膜炎になったようで、歩くときに痛みが走る。靴などで締め付け

ていると歩けるが、スリッパなどだと歩けない。参った参った・・・

普通に歩けるのは・・・いつになるんだろうか。

 

しかし、まさか自分が骨折するとは思っても無かった。

これから先は、本当に気を付けないと・・・

 

普通に歩けることが、こんなに幸せな事か・・・